日本の陸上風力発電の最新状況と課題:カーボンニュートラル実現への道

はじめに

2050年カーボンニュートラル実現に向けて、日本は再生可能エネルギーの大幅な導入拡大を目指しています。その中でも風力発電、特に陸上風力発電は重要な役割を担うとされていますが、その道のりは決して平坦ではありません。本記事では、日本の陸上風力発電を取り巻く最新状況と、実現に向けた課題について詳しく解説します。

日本の風力発電導入目標

政府が2021年に策定した第6次エネルギー基本計画では、2030年における風力発電の導入目標を従来の10GWから23.6GWへと大幅に引き上げました。その内訳は陸上風力が17.9GW、洋上風力が5.7GWとなっています。さらに長期的な視点では、日本風力発電協会が2050年までに陸上風力40GW、着床式洋上風力40GW、浮体式洋上風力60GWの合計140GWの導入が必要との試算を示しており、これは2050年の想定電力需要の約3分の1をまかなう規模となります。

これらの目標達成には、現在の導入状況から大幅な加速が必要です。2018年時点での日本の風力発電導入量は約3.6GWに過ぎず、固定価格買取制度(FIT)導入後も太陽光発電とは対照的に、導入ペースは緩やかでした。しかし、2020年以降、環境アセスメント手続き中の案件を含めると、陸上風力だけで13.0GWが2031年度までに運転開始する予定となっており、今後10年間は年間1~2GW程度の導入が見込まれています。

環境アセスメントをめぐる課題

陸上風力発電の導入を阻む最大の課題の一つが、環境アセスメント(環境影響評価)の問題です。2012年に風力発電が環境アセスメント法の対象事業に追加されて以降、事業期間が大幅に長期化しました。現状では、環境アセスメントだけで4~5年程度を要し、事業計画認定から運転開始までには8年もの期間がかかっています。

この長期化は事業者にとって大きなリスクとなり、風力発電の導入停滞の主要因となっています。欧米諸国では環境アセスメント期間が1~2年程度であることと比較すると、日本の手続きの複雑さが際立ちます。

政府はこの問題に対応するため、2021年10月に環境アセスメントの対象規模を出力1万kW以上から5万kW以上に引き上げました。これにより、小規模な発電設備の開発期間が短縮され、より多くの陸上風力の参入が見込まれるようになりました。また、NEDOによる「環境アセスメント調査早期実証事業」では、前倒し環境調査の実施により手続き期間を半減させる取り組みが進められています。

しかし、規制緩和に対しては慎重な意見もあります。日本自然保護協会が2024年6月までに計画された373件の陸上風力発電事業を解析した結果によると、現在アセスメント中の計画の3分の2が絶滅危惧種の猛禽類の生息地で計画されており、自然環境への配慮が十分でないケースが多いことが指摘されています。

自然環境保護との両立

陸上風力発電の計画が急増する中で、自然環境への影響が大きな懸念事項となっています。近年、環境アセスメント法対象事業の中で、陸上風力発電所が最も自然環境への影響が懸念される事業種となっています。

具体的な問題点として、森林生態系への不可逆的な影響、希少鳥類の生息環境への影響、土砂災害リスクの増大などが挙げられます。実際、陸上風力発電計画の約3分の1に土砂災害リスクがあるとの調査結果もあります。風力発電所の建設には山林の伐採や大規模な造成工事が伴うため、地域の水資源や生態系に重大な影響を与える可能性があります。

さらに問題なのは、環境アセスメント図書の常時公開率が約14%にとどまっていることです。本来、環境アセスメントは利害関係者との情報共有と合意形成を目的としているにもかかわらず、大多数の計画では情報が十分に公開されていません。また、環境アセスメント法の改正により、配慮書手続きを行わない計画が急増しており、早期段階での環境配慮が蔑ろにされている状況も見られます。

国際的には「ネイチャーポジティブ」(生物多様性の損失に歯止めをかけ、自然を回復基調へと転換する)の実現が求められる中、陸上風力発電の導入が自然環境に不可逆的な影響を与えることは、世界の潮流に逆行するものとの指摘もあります。真に持続可能な再生可能エネルギーの推進のためには、さらなる自然環境への配慮と生物多様性保全を重視した事業計画の立案が必要とされています。

地域住民との合意形成の困難さ

陸上風力発電の建設をめぐっては、全国各地で地域住民による反対運動が起きています。2020年以降だけでも、山形県鶴岡市、宮城県川崎町、高知県四万十町、北海道、浜松市など、複数の大規模風力発電計画が地元住民の反対により中止に追い込まれています。

住民が反対する主な理由は以下の通りです:

低周波音・騒音問題:風車の運転により発生する低周波音や騒音が健康に悪影響を与えるという懸念があります。実際に国が調査した結果、認められたケースと認められなかったケースがあり、科学的な評価が難しい状況です。

景観の破壊:高さ100メートルを超える巨大な風車が、地域の自然景観や観光資源を損なうという懸念です。特に山岳信仰の地や国立公園周辺での計画には強い反対があります。

水資源への影響:山林の伐採や造成工事により、地域の生活用水である水源への影響が懸念されています。

情報公開の不足:最も深刻な問題は、地域住民への事前説明が不十分なまま計画が進められることです。事業者と地権者だけで話が進められ、地域住民が計画を知った時にはすでに手続きが進行している、というケースが多く報告されています。

こうした状況に対して、2022年5月には全国各地で風力発電反対運動を展開する住民団体が連携し、「風力発電を地域から考える全国協議会」が設立されました。この動きは、単に風力発電そのものに反対するのではなく、地域の特性を生かした持続可能なエネルギーのあり方を問い、住民同意の仕組みや法的規制の不十分さを指摘するものとなっています。

コスト面での課題

日本の陸上風力発電のコストは、国際水準と比較して依然として高い状況にあります。2023年度の陸上風力発電のFIT買取価格は15円/kWh(入札における上限価格)ですが、これは海外の買取価格と比べて高い水準です。ドイツでは2019年時点で風力発電のコストが6.9円/kWhまで低下しているのに対し、日本では大きな開きがあります。

コストが高い主な理由として、以下の要因が挙げられます:

地理的制約:日本は平野部が少なく、山岳地帯での建設が多いため、造成工事や道路建設に多額のコストがかかります。また、台風や地震などの自然災害への対策も必要です。

風況の違い:欧州に比べて風況が劣るため、同じ投資額でも発電効率が低くなります。特に夏場の風速低下は発電量に大きく影響します。

市場規模の小ささ:日本の風力発電市場は欧米に比べて小さく、量産効果が十分に働きません。また、海外メーカー製の設備が約80%を占めており、国内産業の育成が進んでいないことも価格を押し上げる要因となっています。

物価・人件費の高さ:建設工事や維持管理に関わる人件費が高く、これが総コストを押し上げています。

ただし、近年の入札制度の導入により、競争を通じたコスト低減も進んでいます。2023年度入札における平均落札価格は14.08円/kWhと、上限価格より一定程度下回っており、効率的な費用水準を達成する案件も出てきています。また、案件ごとのkWh当たりのコストを分析すると、価格目標である8~9円/kWh付近で事業を実施できている案件も存在します。

系統制約という根本的課題

日本で風力発電の導入が停滞している根本的な要因は、電力系統の制約にあります。風況に恵まれた東北地方や北海道では多くの風力発電計画がありますが、これらの地域では既存の送電網の容量が不足しており、新規の発電設備を接続することが困難な状況です。

電力会社への風力発電事業の申請状況を見ると、環境アセスメントにまだ至っていない初期段階の計画(事業検討)が相当数あり、すでに運転開始している設備容量と比べても極めて多くなっています。これらの計画を実現するためには、広域的な系統運用の改善、地域間連系線の増強、ハブ変電所の新設などが不可欠です。

政府は改正温暖化対策法により、地方自治体による再生可能エネルギー促進地域の設定(ポジティブゾーニング)を推進していますが、こうした取り組みと並行して、電力インフラの整備を加速させる必要があります。

リパワリング(建て替え・出力増強)の必要性

日本では20年以上前に建設された風力発電設備が増えており、これらの更新時期を迎えつつあります。2024年4月には、北海道せたな町の国内初の洋上風車2基が稼働開始から20年を迎え、町は2026年度に撤去を決定しました。建設費は6.9億円でしたが、撤去には4億円程度が見込まれており、撤去費用の負担が大きな課題となっています。

既存の風力発電設備のリパワリング(建て替えや出力増強)は、新規立地の開拓に比べて環境アセスメントの負担が軽く、地域との関係も構築されているため、導入拡大の有効な手段となり得ます。しかし、FIT制度終了後の買取価格の低下により、リパワリング事業の採算性が悪化しているケースもあり、政府による手厚い支援や大手電力会社による買取制度の整備が求められています。

今後の展望と必要な取り組み

2030年の導入目標18GWを達成し、さらに2050年のカーボンニュートラル実現に向けて陸上風力発電を拡大していくためには、以下の取り組みが重要です:

環境アセスメント制度の最適化:手続き期間の短縮と環境保護の質の維持を両立させる必要があります。複数の開発計画の累積的影響を評価する仕組みの導入や、早期段階での丁寧な合意形成プロセスの義務化が求められます。

地域との共生モデルの構築:地域住民への十分な情報提供と対話を通じた合意形成、地域への経済的還元、環境への配慮を徹底することで、地域に受け入れられる風力発電事業を実現する必要があります。

ゾーニングの推進:自然環境や生活環境への影響が大きい地域を避け、適地に風力発電を誘導するためのゾーニング(区域設定)を、地域主体で進めることが重要です。

コスト低減の継続:入札制度の活用、国内サプライチェーンの強化、技術革新により、さらなるコスト低減を図る必要があります。

系統インフラの整備:広域的な系統運用の改善、送電線の増強、蓄電設備の導入などにより、風力発電の大量導入を可能にするインフラ整備が不可欠です。

まとめ

日本の陸上風力発電は、カーボンニュートラル実現に向けた重要な役割を担う一方で、環境保護、地域との合意形成、コスト、系統制約など、多くの課題に直面しています。これらの課題は個別に解決できるものではなく、総合的なアプローチが必要です。

真に持続可能な再生可能エネルギーの導入を実現するためには、経済性だけでなく、環境保護と地域社会との調和を重視したバランスの取れた政策が求められます。政府、事業者、地域住民、環境保護団体など、すべてのステークホルダーが対話を重ね、日本の特性に合った風力発電の導入モデルを構築していくことが、2050年カーボンニュートラル実現への鍵となるでしょう。

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