2025年10月の日本風力発電業界動向:試練と再生への道
2025年10月、日本の風力発電業界は大きな岐路に立っています。三菱商事による洋上風力事業からの撤退という衝撃的な出来事をきっかけに、政府は制度見直しに動き、一方で北海道では新たな産業エコシステム構築の動きが加速しています。本記事では、2025年10月における日本の風力発電業界の5つの重要トピックを取り上げ、その背景と今後の展望を詳しく解説します。
トピック1:「三菱商事ショック」が業界に投げかけた波紋
2025年8月27日、三菱商事は秋田県と千葉県の3海域における洋上風力発電事業からの撤退を正式に発表しました。この「三菱商事ショック」は、10月に入っても日本の風力発電業界に大きな影響を与え続けています。
撤退の背景:2倍以上に膨らんだ建設費用
三菱商事の中西勝也社長は会見で、建設費が入札時の見込みから2倍以上に膨らみ、将来さらにコストが膨らむリスクがあったと説明しました。新型コロナウイルスの蔓延やウクライナ危機に端を発し、サプライチェーンのひっ迫、インフレ、為替金利上昇など、洋上風力業界を取り巻く事業環境が世界的に大きく変化したことが要因です。
三菱商事連合は2021年12月に政府から3海域での事業者に選定され、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の3海域で合計約170万kW(1.7GW)の洋上風力発電所を開発する計画でした。しかし、2021年の入札時には上限価格を大幅に下回る価格で落札したものの、その後の事業環境の変化により、30年間の総収入と総支出を比べると総支出が大きくなり、数千億円の投資をしてマイナスのリターンで事業を継続するという選択は民間企業には取れないとの判断に至りました。
地域社会への影響
大型の洋上風力の開発・運営を通じた地域活性化を期待していた千葉県や秋田県などの地元自治体は、三菱商事連合の撤退の知らせに衝撃を受けました。三菱商事は2022年に秋田と銚子に支店を設置し、洋上風力事業や地域共生の拠点として地域共生を進めてきただけに、地元の失望は大きなものとなりました。
政府の対応
武藤経産相は「まだ信じられない」と語り、撤退は洋上風力に対する社会の信頼そのものを揺るがしかねないと指摘しました。3海域については再公募するとし、三菱商には「社会の公器としての責任」を持って地元関係者と対話するよう求めました。
三菱商連合は撤退に伴い、保証金約200億円を没収され、追加の損失も限定的ながら発生する見込みです。また、中部電力は撤退を受けて、2026年3月期に170億円程度の損失発生を見込んでいると発表しました。
トピック2:政府による洋上風力発電の有望区域・準備区域の整理
三菱商事の撤退という逆風が吹く中、政府は洋上風力発電の推進に向けた取り組みを継続しています。2025年10月3日、政府は有望区域および準備区域の新たな整理を公表しました。
日本における洋上風力の重要性
日本がかかげる「2050年カーボンニュートラル」実現には、CO2を排出しない再生可能エネルギーの導入拡大が必要で、中でも近年注目されているのが洋上風力発電です。洋上風力発電は、欧州を中心に世界で導入が拡大しており、四方を海に囲まれた日本でも導入拡大の可能性があり、部品数が数万点と多く事業規模も大きいことから、関連産業への経済波及効果が期待され、地域活性化にも寄与するという特徴があります。
日本は四方を海に囲まれた島国であり、陸上では山がちな地形のため風力発電に適した土地が限られています。そのため、海域を活用した洋上風力発電は、日本の再生可能エネルギー戦略の要となっています。
政策的位置づけと課題
政府は洋上風力発電を再生可能エネルギーの主力電源として位置づけており、2030年に向けて導入を加速させる方針です。しかし、日本には特有の課題も存在します。欧州に比べて急峻な地形や複雑な地層、相対的に風速が小さい地点があるなど、自然条件の違いがあります。
また、地元との調整や環境アセスメントへの対応により、プロジェクトのリードタイムが長期化する傾向があります。地域と共生しつつ適地を確保すること、そしてこれらの手続きを迅速化することが重要な課題となっています。
新たな区域整理の意義
10月3日の公表は、洋上風力発電事業の実現に向けた重要なステップです。有望区域に整理されることで、事業化への道筋が明確になり、事業者による具体的な検討が進められます。また、準備区域は将来的な有望区域への格上げを見据えた位置づけとなります。
トピック3:北海道における洋上風力産業エコシステムの構築
三菱商事の撤退という暗いニュースがある一方で、北海道では洋上風力発電を核とした産業振興の動きが活発化しています。
HOKKAIDO洋上風力産業推進ネットワークの設立
2025年10月25日、北海道は洋上風力に関する情報共有や道内企業の参入を促すため、産官学による「HOKKAIDO洋上風力産業推進ネットワーク」を設立したと発表しました。代表は北海道知事と北海道経済産業局長が務め、幹事には北海道経済連合会や北海道商工会議所連合会、北海道市長会などが名を連ね、会員として民間企業の参加も想定されています。
このネットワークの目的は、道内外の企業のマッチングを促したり、洋上風力をはじめとする脱炭素電源を使う事業者を誘致するための施策づくりで連携したりすることです。北海道は全国随一の洋上風力のポテンシャルを有しており、この強みを活かした産業振興が期待されています。
北海道の洋上風力ポテンシャル
政府は北海道沖を洋上風力発電の施設整備を進める海域として追加する方向で、2024年度中にも事業者を決める公募を始める計画です。北海道では最先端半導体の製造をめざすラピダスの工場やソフトバンクのデータセンターなどの投資計画が進んでおり、電力需要の増加が見込まれています。
北海道の風況は全国でも特に良好であり、石狩湾をはじめとする複数の海域で大規模な洋上風力発電の計画が進んでいます。風力発電は地域によって適地が大きく異なりますが、北海道はその恵まれた自然条件を活かして、日本の風力発電の中心地となる可能性を秘めています。
事業環境整備への要望
北海道と、道南18市町で構成する函館渡島檜山ゼロカーボン北海道推進協議会は、資源エネルギー庁に対し、道内でも安定的に洋上風力事業を展開できるよう、事業環境整備に関する要望を行いました。入札にあたり、事業の実施能力や地域経済への波及効果の評価を重視することなどを要望しており、単なる価格競争ではなく、地域への貢献や事業の確実性を重視した選定を求めています。
トピック4:洋上風力公募制度の見直しと事業環境整備
三菱商事の撤退を受けて、政府は洋上風力発電の公募制度の見直しに本格的に取り組んでいます。2025年10月時点では、この制度改革が業界の大きな関心事となっています。
公募制度見直しの背景
世界的な情勢変化の中で、日本国内における再エネ主力電源化の実現を確実なものとしていく観点から、引き続きコスト低減・迅速性を重視しつつ、収入・費用の変動といった環境変化に対して強靱な事業組成を促し、洋上風力発電への電源投資を確実に完遂させることを主軸としています。
これまでの公募制度では、価格評価が重視される傾向があり、事業者は低価格での入札を余儀なくされていました。しかし、その後のコスト上昇により、採算が合わなくなるケースが相次いでいます。
具体的な制度見直しの内容
制度見直しは、「迅速性評価方法の見直し」、「供給価格評価方法の見直し」、「価格調整スキームの導入」、「物価変動率反映に伴うIRRの引き下げ」、「入札保証金制度の見直し」が主な内容です。
特に注目されるのは価格調整スキームの導入です。経済産業省は国の指定海域における洋上風力発電の事業者公募ルールを変更し、風車などの資材について、公募開始から投資決定までの間の価格上昇分を40%程度まで電力価格に反映できるようにする計画で、2025年度から適用する予定です。
これにより、インフレによる価格高騰リスクの一部を吸収することができ、事業者の採算性確保に寄与することが期待されています。
評価基準の明確化
国民負担に中立的な形で、事業実施の確実性を高めるための規律強化・環境整備を進めるとしています。単に価格が安いだけでなく、事業の実現可能性や地域貢献、技術力などを総合的に評価する仕組みへと進化しつつあります。
浮体式洋上風力への取り組み
日本の海域は水深が深い場所が多く、従来の着床式では設置が困難な海域も少なくありません。そのため、浮体式洋上風力発電の技術開発と実証が重要な課題となっています。
2025年10月28日、浮体式洋上風力の企業連合が研究開発に60億円を投じることが報じられました。浮体式技術を国際基準にすることを目指し、日本の技術力を世界に発信する取り組みが進められています。
トピック5:第3回公募の状況と業界の慎重姿勢
2025年10月時点で、日本の洋上風力発電業界は慎重な姿勢を強めています。この傾向は、第3回公募の結果にも表れています。
参入企業の減少
経済産業省と国土交通省が公表した洋上風力の公募第3弾では、三菱商事やコスモエネルギーホールディングスなど少なくとも15社以上が事前の環境調査をしたものの入札しませんでした。これは、インフレによる計画の修正や採算の悪化、人材不足の課題が顕在化していることを示しています。
事前に環境調査を実施するということは、その海域での事業化を真剣に検討していたことを意味します。それにもかかわらず、最終的に入札を見送った企業が多数に上ったことは、現在の事業環境の厳しさを物語っています。
他商社の状況
三菱商事以外の商社陣営も、同様の外部環境の変化の影響を受けています。丸紅は、既に商業運転している秋田県秋田港及び能代港の洋上風力発電所に加えて、国の3度目の公募で落札した山形県遊佐町沖の事業と、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金の支援を受けて秋田県南部沖の洋上風力発電を開発中です。
後発の事業者は、三菱商事の経験を踏まえてコスト上昇を織り込んだ計画を立てているとされますが、それでも事業環境の不確実性は高く、慎重な判断を迫られています。
業界全体への影響
日本エネルギー経済研究所の研究主幹は、国内の再エネ拡大には洋上風力が不可欠であり、政府は導入目標を示し不確実性を払拭し、まず着床式に専念しコスト削減を目指すべきだと指摘しています。
三菱商事の撤退は、今後の入札案件を検討する事業者にも大きな影響を与えています。大手企業の撤退により、新たな事業者の参入をためらわせる可能性があり、政府の導入目標達成に向けた課題となっています。
トピック6(補足):日本の洋上風力の国際的位置づけ
日本の洋上風力発電の状況を理解する上で、国際的な文脈も重要です。
世界的なトレンドとの比較
2030年までの洋上風力発電の新設において、中国が世界の5割を占めると予測されています。中国では再生可能エネルギーの調達義務化などの政策的後押しもあり、国内需要が旺盛です。
一方、欧米では日本と同様にコスト上昇の問題に直面しており、プロジェクトの中止や縮小が相次いでいます。これは世界的な課題であり、日本だけが特別に困難な状況に置かれているわけではありません。
日本の特徴と課題
日本の洋上風力発電は、技術的には十分な水準にあります。しかし、市場規模の小ささ、サプライチェーンの未成熟、規制・手続きの複雑さなどが課題となっています。
また、主要部品の多くを欧米からの輸入に頼っているため、欧米企業の事業縮小や撤退のあおりを受け、開発の遅れや部品価格の高騰などにより計画が難航する可能性が指摘されています。
今後の展望:日本の風力発電業界はどこへ向かうのか
2025年10月時点での日本の風力発電業界は、まさに正念場を迎えています。以下、今後の展望と取り組むべき課題について整理します。
短期的な課題:信頼回復と制度設計
最も緊急の課題は、三菱商事の撤退により失われた業界への信頼を回復することです。武藤経産相が「洋上風力に対する社会の信頼そのものを揺るがしかねない」と指摘した通り、この問題は単に一企業の事業判断の問題ではなく、業界全体の信頼性に関わる問題です。
政府による公募制度の見直しは、この信頼回復に向けた重要な一歩です。価格調整スキームの導入や評価基準の明確化により、より現実的で持続可能な事業環境を整備することが求められています。
また、3海域の再公募がどのような形で進められるかも注目されます。単に再度入札を行うだけでなく、前回の失敗から学び、より実効性のある仕組みを構築する必要があります。
中期的な方向性:産業基盤の構築
北海道での取り組みに見られるように、洋上風力発電を単なる発電事業としてではなく、地域産業振興の核として位置づける動きが重要です。サプライチェーンの国内構築、人材育成、技術開発などを総合的に推進することで、持続可能な産業基盤を構築できます。
特に、北海道は風況の良さ、広大な海域、増加する電力需要など、好条件が揃っています。ここでの成功事例を作ることができれば、日本全体の洋上風力発電の発展につながるでしょう。
技術開発の方向性:浮体式への期待
日本の海域の特性を考えると、浮体式洋上風力発電の技術開発は避けて通れません。水深の深い海域でも設置可能な浮体式技術を確立することで、利用可能な海域が大幅に拡大します。
企業連合による60億円規模の研究開発は、この分野での日本の技術力を高める重要な投資です。浮体式技術を国際基準にすることができれば、国内市場だけでなく、世界市場への展開も視野に入ってきます。
制度・規制面の改革
環境アセスメントの迅速化、海域利用調整の効率化、系統接続の円滑化など、制度・規制面での改革も不可欠です。欧州の先進事例では、政府が主導して事前調査や許認可手続きを行う「セントラル方式」が導入されており、事業化までの期間を大幅に短縮しています。
日本でも、事業者に過度な負担をかけることなく、スムーズに事業を進められる仕組みを構築する必要があります。
地域との共生
洋上風力発電は、漁業をはじめとする既存の海域利用との調整が不可欠です。単に経済的な補償だけでなく、地域の理解と協力を得ながら、win-winの関係を構築することが重要です。
北海道での産官学連携の動きは、この点でも示唆に富んでいます。地域社会全体で洋上風力発電を育てていくという姿勢が、持続可能な発展の鍵となるでしょう。
まとめ
2025年10月の日本の風力発電業界は、三菱商事の撤退という試練に直面しながらも、制度改革、産業基盤構築、技術開発など、再生に向けた多様な取り組みが進められています。
北海道での産官学ネットワークの設立、政府による公募制度の見直し、浮体式技術の研究開発など、前向きな動きも確実に存在します。これらの取り組みが実を結ぶかどうかは、今後数年間の取り組みにかかっています。
日本が2050年カーボンニュートラルを実現するためには、洋上風力発電の導入拡大が不可欠です。現在の困難を乗り越え、持続可能な風力発電産業を構築できるかどうか。2025年10月は、その重要な転換点として、将来振り返られることになるでしょう。
日本の風力発電業界は、試練の時を経て、より強靭で持続可能な産業へと生まれ変わる可能性を秘めています。官民が協力し、地域社会と共生しながら、この可能性を現実のものとしていくことが求められています。

