FIT/FIP制度の詳細解説:最新動向と将来展望
はじめに
再生可能エネルギーの普及促進は、日本のエネルギー政策における最重要課題の一つです。この目標達成のため、政府は長年にわたりFIT制度を運用してきましたが、2022年4月からは新たにFIP制度が導入され、再生可能エネルギー政策は新たな段階に入りました。本稿では、これらの制度の基本的な仕組みから最新動向、将来的な展望まで、包括的に解説いたします。

1. FIT/FIP制度とは?(その特徴、違い)
FIT制度(Feed-in Tariff:固定価格買取制度)の概要
FIT制度は、2012年7月にスタートした再生可能エネルギー電気の固定価格買取制度です。この制度は、再生可能エネルギーで発電した電力を、電力会社が法律で定められた価格で一定期間買い取ることを義務付けています。買取に要した費用は「再生可能エネルギー発電促進賦課金」として電力利用者が負担する仕組みとなっています。
FIT制度の最大の特徴は、発電事業者にとって長期間にわたる安定的な収入が保証されることです。太陽光発電の場合、10kW未満の住宅用では10年間、10kW以上の事業用では20年間の買取期間が設定されており、この間は固定価格での売電が可能となっています。また、風力発電についても20年間の固定価格買取が適用され、再生可能エネルギー普及の重要な柱となっています。
FIP制度(Feed-in Premium:フィードインプレミアム制度)の概要
FIP制度は2022年4月から新たに導入された制度です。FIT制度が固定価格での買取を行うのに対し、FIP制度では市場価格に一定の補助額(プレミアム)を上乗せする仕組みとなっています。発電事業者は電力を卸電力取引所などで自ら売電し、その市場価格に加えて、FIP価格から市場価格を差し引いた差額(プレミアム)を受け取ります。
具体的には、「FIP価格=市場価格+プレミアム」という関係が成り立ちます。市場価格が高い時はプレミアムが小さくなり、市場価格が低い時はプレミアムが大きくなる仕組みであり、発電事業者の収入は一定に保たれる一方で、市場メカニズムを活用した効率性の向上が期待されています。
FIT制度とFIP制度の主な違い
両制度の最も根本的な違いは、電力の売電方法にあります。FIT制度では電力会社が買い取る形式であるのに対し、FIP制度では発電事業者が市場で直接売電します。これにより、FIP制度では発電事業者が市場の動向を意識した発電を行うインセンティブが働きます。
また、対象規模についても違いがあります。2025年度においては、太陽光発電の場合、250kW以上の大規模設備はFIP制度のみが適用され、すべて入札制の対象となります。風力発電についても、大規模案件はFIP制度への移行が進められています。一方、住宅用太陽光発電(10kW未満)や小規模な事業用設備については、引き続きFIT制度が適用されています。
さらに、制度移行の動向も注目すべき点です。既にFIT認定を受けている事業であっても、一定規模以上のものについては、事業者が希望すればFIP制度に移行することが可能となっています。これにより、段階的にFIT制度からFIP制度への移行が進むことが想定されています。
2. FIT/FIP制度のメリット、デメリット
FIT制度のメリット
FIT制度の最大のメリットは、事業者にとっての予見可能性の高さです。20年間という長期にわたって固定価格での売電が保証されるため、事業計画の策定や金融機関からの融資獲得が容易になります。特に、再生可能エネルギー事業への参入障壁を大幅に引き下げたことで、多様な事業者による参入を促進し、急速な普及拡大を実現しました。
また、複雑な市場取引の知識や体制を必要とせず、発電に専念できる点も大きなメリットです。小規模な事業者や初期参入者にとって、市場リスクを回避しながら安定的な事業運営が可能となります。太陽光発電や風力発電など、様々な再生可能エネルギー分野での事業展開を後押ししています。
FIT制度のデメリット
一方で、FIT制度には構造的な課題も存在します。最も深刻なのは、電力システム全体への負荷です。再生可能エネルギーの急速な拡大により、電力系統の安定性維持が困難になるケースが増加しています。特に太陽光発電の大量導入により、昼間の電力供給過多と夜間の供給不足という需給バランスの問題が顕在化しています。
また、市場メカニズムから隔離された制度設計のため、効率的な電力供給への動機付けが働きません。発電事業者は市場価格や需給状況を考慮せず発電するため、電力システム全体の効率性向上に寄与しにくい構造となっています。
さらに、国民負担の増大も重要な課題です。再生可能エネルギー発電促進賦課金は年々増加しており、電力利用者の負担は相当な水準に達しています。この負担の持続可能性について、社会的な議論が必要な段階に来ています。
FIP制度のメリット
FIP制度の最大のメリットは、市場メカニズムを活用した効率性向上です。発電事業者が市場で直接売電することにより、需要が高い時間帯により多く発電し、需要が低い時間帯の発電を抑制するインセンティブが働きます。これにより、電力システム全体の安定性向上に貢献することが期待されます。
また、アグリゲーターや小売電気事業者との直接契約により、多様なビジネスモデルの創出が可能となります。これは、再生可能エネルギー市場の成熟化と競争力向上に寄与する重要な要素です。
さらに、蓄電池の併設や需要応答との組み合わせなど、より高度な電力サービスの提供が可能となり、付加価値の創出機会が拡大します。風力発電事業者にとっても、発電量の変動に応じた柔軟な売電戦略の実現が期待されます。
FIP制度のデメリット
FIP制度の主要なデメリットは、事業リスクの増大です。市場価格変動の影響を受けるため、FIT制度と比較して収入の予見可能性が低下します。これにより、特に小規模事業者にとっては事業計画の策定や資金調達が困難になる可能性があります。
また、市場取引や系統運用に関する専門知識や体制の整備が必要となり、事業者の負担が増加します。アグリゲーション事業者との契約が必要になるケースも多く、新たなコストが発生する可能性もあります。
さらに、制度の複雑性増大により、特に小規模事業者にとって参入障壁が上がる懸念もあります。適切な支援策なしには、市場集約が進み多様性が失われるリスクも存在します。
3. FIT/FIP制度の将来的な可能性
制度変化の可能性
現在の政策動向を踏まえると、FIT制度からFIP制度への段階的移行が継続されることは確実です。2024年以降、250kW以上の太陽光発電設備はFIP制度のみが適用されており、この対象範囲は今後も拡大していく可能性が高くなっています。政府は再生可能エネルギーを「主力電源」として位置づけており、そのためには市場統合が不可欠との認識を示しています。
また、2023年の再エネ特措法改正により、FIT/FIP認定要件として地域住民への説明会開催が義務化されるなど、地域との共生を重視した制度運用に変化しています。今後も社会的受容性向上を目指した制度改善が継続されると考えられます。
買取価格については、技術進歩による発電コストの低下を反映し、継続的に引き下げられる傾向にあります。住宅用太陽光発電の買取価格は、2024年度の16円から2025年度には15円に引き下げられ、事業用についても段階的な価格低下が予定されています。風力発電についても同様の価格見直しが行われており、この傾向は制度の持続可能性確保と国民負担軽減の観点から今後も続くと予想されます。
利用者にとってのメリットの変化予測
将来的には、FIP制度の拡大により発電事業者にとって新たな収益機会が創出される可能性があります。特に、蓄電池との組み合わせによる需給調整サービスや、企業との直接電力購入契約(コーポレートPPA)の拡大により、従来の固定価格買取を超える収益性の実現が期待されます。
また、デジタル技術の進展により、発電予測の精度向上や効率的な電力取引が可能となり、FIP制度下でのリスク管理がより容易になることが予想されます。AIやIoT技術を活用した最適化システムの普及により、小規模事業者でも高度な市場参加が可能になる可能性があります。
さらに、カーボンニュートラル目標の達成に向けた企業の取り組み拡大により、グリーン電力の付加価値が向上し、FIP制度下での収益機会がさらに拡大することも期待されます。風力発電事業者にとっても、環境価値の取引機会が拡大する見込みです。
デメリットの変化予測
一方で、市場競争の激化により、特に効率性の低い発電設備や立地条件の悪い案件については、収益性の確保が困難になる可能性があります。これは、事業者間の格差拡大や市場からの退出を促す要因となり得ます。
また、系統制約の拡大により出力制御の頻度が増加し、FIP制度下の発電事業者にとって収益機会の逸失が深刻化する可能性があります。この問題に対しては、系統増強投資や地域間連系線の強化が必要となりますが、その進捗によって影響の程度が左右されます。
さらに、制度の複雑化が進むにつれ、小規模事業者にとっての参入障壁がさらに高まる懸念もあります。これに対しては、アグリゲーション事業の発展やデジタルプラットフォームの提供など、支援体制の整備が重要となります。
長期的な展望
長期的には、FIT/FIP制度自体が段階的に縮小し、市場メカニズムによる自立的な再生可能エネルギー導入が主流となることが予想されます。欧州では既にこの方向での政策転換が進んでおり、日本においても同様の道筋を辿る可能性が高くなっています。
ただし、この移行過程においては、電力市場制度の整備、系統インフラの強化、そして事業者支援策の充実が不可欠です。特に、中小規模事業者が市場から排除されることなく、多様な主体による再生可能エネルギー事業が継続できる環境整備が重要となります。
また、風力発電などの再生可能エネルギー技術の進歩により、将来的にはより効率的で競争力のある電源として確立される可能性があります。これに伴い、FIT/FIP制度から完全に自立した再生可能エネルギー市場の形成が期待されます。
おわりに
FIT制度からFIP制度への移行は、日本の再生可能エネルギー政策における大きな転換点です。FIT制度が果たした急速な普及拡大という役割から、FIP制度による市場統合と効率化という新たな段階へと進化しています。
この変化は、発電事業者にとって新たな機会とリスクの両方をもたらします。成功のためには、市場の動向を注視し、技術革新を積極的に取り入れ、地域社会との共生を図りながら事業を展開することが求められます。また、政策当局においては、制度移行に伴う副作用を最小限に抑えつつ、持続可能な再生可能エネルギー市場の形成に向けた環境整備を継続することが重要です。
2050年カーボンニュートラル目標の達成に向け、FIT/FIP制度は今後も重要な役割を果たし続けます。その成否は、制度設計の巧拙だけでなく、関係者すべての理解と協力にかかっています。